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2026年10月24日 更新
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江川紹子と張本勲の確執はなぜ起きた?2010年の降板騒動と2026年の現在を徹底解説

目次
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    江川紹子氏と張本勲氏の間に何があったのか。発端は、2010年5月23日に放送されたTBS系『サンデーモーニング』での一幕だった。プロ野球・楽天の岩隈久志投手の途中降板をめぐり、張本氏が「喝!」と厳しく批評したのに対し、江川氏が「え~」と異論をうかがわせる反応を示した。その後、江川氏の出演見合わせが報じられ、番組の出演者間の意見対立が大きな騒動へと発展した。

    騒動の核心は、スポーツコーナーでの短いやり取りだけではない。張本氏が共演を望まなかったとする江川氏側の説明、出演日を変更しただけだとするTBS側の説明、そして張本氏本人が怒りを否定したと報じられた点を整理する必要がある。さらに、2021年には別の発言をめぐる張本氏の謝罪に江川氏が反応し、2026年9月には張本氏の訃報が伝えられた。現在までの経緯を時系列で追い、確執の実像を検証する。

    📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
    • 要点1:2010年5月23日の『サンデーモーニング』で、岩隈久志投手の途中降板をめぐり、江川紹子氏と張本勲氏の意見が食い違った。
    • 要点2:江川氏は張本氏の共演拒否をめぐる経緯を公表した一方、TBSは「降板ではない」と説明。当事者間の説明には違いがあった。
    • 要点3:張本氏は2026年9月9日に86歳で死去。江川氏はジャーナリストとして活動を続けており、2人の関係がその後修復されたと確認できる公表情報は見当たらない。

    【騒動の発端】2010年5月23日、『サンデーモーニング』で何があったのか

    江川紹子張本勲
    【画像】江川 紹子 張本勲 関連ショット

    江川紹子氏と張本勲氏の騒動を理解するうえで欠かせないのが、2010年5月23日の放送だ。舞台となったのは、TBS系の長寿情報番組『サンデーモーニング』のスポーツコーナー「御意見番スポーツ」。当時、張本氏は野球界に対して歯に衣着せぬコメントをする存在として知られ、江川氏もコメンテーターとして出演していた。

    日刊スポーツやJ-CASTニュースの当時の報道によると、話題になったのは、前日に行われた試合で楽天の岩隈久志投手が途中降板したことだった。張本氏は岩隈投手の判断を厳しく批評し、「無責任」と断じて「喝!」を入れた。これに対して、岩隈投手のファンでもあった江川氏が「え~」と反応した。

    放送中に激しい口論が起きたわけではない。問題となったのは、野球評論家として厳しい評価を下す張本氏と、別の視点から意見を示した江川氏との間に生じた温度差だった。

    江川氏はその後、自身のTwitterで、5月23日の放送での言動について張本氏が立腹し、TBS側に自分を番組へ出演させないよう求めたと説明した。つまり、江川氏の説明では、番組内の短いリアクションが、その後の出演見合わせにつながったことになる。

    ただし、この経緯を「張本氏が怒ったから江川氏が降板させられた」とだけまとめると、重要な部分が抜け落ちる。当時の報道では、張本氏本人が怒りを否定したとも伝えられており、出演見合わせの理由や当事者間の認識には食い違いがあった。

    【時系列で整理】江川紹子と張本勲の降板騒動はどう進んだのか

    江川紹子張本勲
    【写真】江川 紹子 張本勲 近影・注目カット

    騒動は5月23日の放送直後に大々的に表面化したのではなく、約1か月後の出演見合わせをきっかけに広く知られるようになった。日刊スポーツ、J-CASTニュース、RBB TODAYなどの当時の報道を整理すると、主な経緯は次のとおりだ。

    時期出来事確認できるポイント
    2010年5月23日番組内で岩隈久志投手の途中降板をめぐるやり取り張本氏が「喝!」と批評し、江川氏が「え~」と反応した。
    2010年6月18日江川氏が出演見合わせの経緯を公表自身のTwitterで、張本氏が出演させないようTBS側に求めたと説明した。
    2010年6月19~21日各社が出演見合わせを報道TBSは出演日の変更であり降板ではないと説明。張本氏が怒りを否定したとの報道も出た。
    2010年8月1~3日江川氏が番組に復帰しないことを公表張本氏が出演している間は復帰しないとの通告を受けたと説明した。
    2021年8月15日張本氏の別の発言に対する謝罪を江川氏が批判女子ボクシングをめぐる問題での謝罪に、江川氏は「軽いな~」と反応した。
    2021年12月26日張本氏がレギュラー出演を卒業その後も不定期で番組に出演した。
    2026年9月9日張本氏が86歳で死去日本プロ野球名球会が翌10日に訃報を公表した。

    2010年6月18日、江川氏は予定されていた同月20日の出演ができなくなったことを公表した。江川氏によれば、TBS側は当初、張本氏の怒りが収まるまでという趣旨の「無期限の休養」を提案し、その後のやり取りで休養期間は2か月間に短縮されたという。

    ところが、8月に入ると状況はさらに明確になった。日刊スポーツの2010年8月3日付報道によれば、江川氏は、張本氏が出演している間は自分の復帰はないと正式に通告されたことを明かした。TBS側は、江川氏がレギュラー出演者ではなかったことを踏まえ、プロデューサーと江川氏が直接話し合ったうえで決まったと説明していた。

    このため、当初は「出演見合わせ」とされた措置が、結果的には江川氏の番組復帰がないまま終わった。報道上は「降板騒動」と呼ばれることが多いが、TBSの説明と江川氏の受け止めには明確な違いがあった点を押さえておきたい。

    【共演拒否の真相】張本勲の発言とTBSの対応はどう違ったのか

    江川紹子張本勲
    【資料】江川 紹子 張本勲 報道・メディア記録

    騒動の最大の争点は、張本氏が実際に何を求めたのか、そしてTBSがなぜ江川氏の出演を見合わせる判断をしたのかという点だ。

    江川氏の説明では、張本氏は自分を番組に出演させないようTBSに求めたとされる。日刊スポーツが2010年6月19日に報じた内容にも、江川氏のTwitterを通じて伝えられた、張本氏が「20日に私(江川氏)を出演させれば、それ以外の日も出ない」という趣旨の発言をしたとの説明がある。

    江川氏はまた、張本氏に謝罪することや、スポーツコーナーの間だけ退席することなどもTBS側と相談したと報じられている。江川氏自身は、意見の食い違いがあったとしても、出演そのものを取りやめるのではなく、話し合いによって解決できないかと考えていたようだ。

    一方、TBSは出演見合わせについて、双方に気持ちよく仕事をしてもらうため、時間を置く必要があると判断したと説明した。日刊スポーツには「出演日の変更をお願いした。降板ではない」とする同局のコメントが掲載されている。

    さらに、J-CASTニュースは2010年6月21日、張本氏が夕刊紙の取材に対し、江川氏の反応に怒っていることを否定し、「いろんな意見があるのは当たり前のこと」という趣旨の発言をしたと報じた。これが事実であれば、江川氏の説明と張本氏本人の説明は一致していなかったことになる。

    話し合いについても、当時の報道では、TBS側が双方と話をしたと説明する一方、江川氏側には十分な話し合いが行われていないという認識があったとされる。したがって、「張本氏が共演拒否をした」という表現は江川氏側の説明に基づくものであり、当事者全員が同じ説明をしていたわけではない。

    騒動の経緯を考えるうえで重要なのは、発言の真偽を一方的に断定することよりも、番組側が最終的に出演見合わせを選び、江川氏が復帰しないまま番組を離れたという結果だ。短い意見の食い違いが、番組出演をめぐる大きな問題へと発展したのである。

    【騒動の背景】なぜ番組内の意見対立が降板問題に発展したのか

    江川紹子氏と張本勲氏の騒動は、個人同士の感情的な対立として語られがちだ。しかし、当時の報道から読み取れるのは、出演者の立場や番組制作上の判断が複雑に絡んでいたということだ。

    第一に、両者の番組内での役割には違いがあった。張本氏はスポーツコーナーの中心的な論評者で、毎週出演する存在だった。一方、江川氏は社会問題などを扱うコメンテーターとして、番組のテーマに応じて月1回程度出演する形だったと日刊スポーツは報じている。

    第二に、番組の進行を円滑にすることと、出演者が異なる意見を自由に述べることの間には、難しいバランスがある。番組側が対立の解消を優先し、出演日を変更する判断をしたとしても、その措置が結果的に一方の出演機会を失わせたのであれば、視聴者にとっては「異論を述べた側が番組からいなくなった」と映りかねない。

    江川氏は当時、TBS報道局に対して、番組にとって何が大事な価値観なのかを考えてほしいという趣旨の発信をしていた。意見が異なること自体ではなく、意見の違いが生じたときに、番組がどのような基準で出演者を扱うのかが問題になったのだ。

    第三に、2010年当時は、出演者本人がTwitterを通じて番組の内情を公表すること自体も注目を集めた。江川氏は、黙っていれば同じことが繰り返される可能性があると考え、出演できなくなった事情を明らかにしたと報じられている。番組の内部で処理されるはずだった問題が、当事者の発信を通じて公の議論へと変わった。

    当時のネット上では、異論を述べたコメンテーターの出演機会が失われることへの疑問や、番組側の判断をめぐる議論が広がった。ただし、個々の投稿を世論全体の総意とみなすことはできない。確実に言えるのは、出演者の意見対立だけでなく、放送局の説明責任や番組内の多様性という問題が注目されたことだ。

    【謝罪への反応】2021年の張本勲の謝罪に江川紹子は何を語ったのか

    江川氏と張本氏の関係を振り返る際、もう一つ取り上げられるのが2021年8月の出来事だ。ただし、これは2010年の降板騒動そのものに対する謝罪ではない。女子ボクシングをめぐる張本氏の発言と、それに対する番組側の対応が新たに問題になった際の出来事である。

    2021年8月15日、張本氏は『サンデーモーニング』での女子ボクシングに関する発言について謝罪した。これを受け、かつて同番組に出演していた江川氏はTwitterで「軽いな~」と反応し、番組が張本氏に「反省」という言葉を言ってもらったことで、問題を忘れてほしいと考えているのではないか、という趣旨の批判を投稿した。サンケイスポーツやライブドアニュースなどが、この発信を報じている。

    江川氏が問題視したのは、謝罪の言葉だけで問題が解決したことにする番組の姿勢だった。謝罪をしたかどうかに加えて、発言がなぜ問題となったのか、当事者がどのように受け止めたのか、再発防止に向けて何をするのかが問われるという考え方だ。

    この反応は、2010年の騒動と重なる部分がある。2010年には、意見が食い違ったときに番組がどう対応するのかが争点になった。2021年には、問題発言に対する謝罪と、その後の説明や改善が十分なのかという点が問われた。どちらも、番組の出演者と制作側に対して、発言の扱い方や説明責任を考えさせる出来事だった。

    ただし、2021年の謝罪を、江川氏に対する謝罪や2人の関係修復の証拠として扱うことはできない。公開された報道で確認できるのは、江川氏が別件の謝罪対応を批判したという事実であり、2010年の騒動について張本氏が江川氏に謝罪したことや、2人が和解したことを示すものではない。

    【2026年最新】江川紹子と張本勲の現在、その後の関係はどうなったのか

    2026年現在、2人の近況を語るうえで大きな節目となったのが、張本勲氏の死去だ。日本プロ野球名球会は2026年9月10日、張本氏が前日の9月9日午後に86歳で亡くなったと公式に発表した。現役時代にはプロ野球歴代最多の通算3085安打を記録し、引退後は野球評論家として活動。『サンデーモーニング』では「喝!」や「あっぱれ」で知られる存在だった。

    張本氏は2021年12月26日の放送をもって同番組のレギュラー出演を卒業したが、その後も不定期で出演していた。2026年8月2日の放送にも登場しており、これが生前最後の出演となったことが、訃報後の報道で伝えられている。

    一方、江川紹子氏は2026年もジャーナリストとして活動を続けている。神奈川大学の公式プロフィールでは、国際日本学部の特任教授として紹介され、ジャーナリズム、メディア・情報リテラシー、カルト研究などを専門分野としている。2026年9月29日付のダイヤモンド・オンラインのインタビューでも、取材活動や大学での教育について語っている。

    では、江川氏と張本氏の関係は、その後どうなったのか。2010年の騒動以降、江川氏は番組に復帰せず、2021年には張本氏の別件の謝罪対応に批判的な意見を示した。少なくとも、両者の関係が修復されたことを裏付ける公表情報は見当たらない。

    ただし、和解が公表されていないことと、私的な関係が生涯にわたって対立したままだったと断定することは別だ。公の発信や報道から確認できるのは、2010年に出演見合わせをめぐる問題が起き、その後も江川氏が番組の姿勢に疑問を呈したことまでである。張本氏の死去により、2人が改めて公の場で関係を語る機会は失われた。

    この騒動を振り返る際には、「確執があったか」という一点だけでなく、意見が対立したときに番組がどう対応したか、出演者にどのような説明がなされたか、そして当事者の発信がどのように報じられたかを分けて考えることが大切だ。

    【江川紹子張本勲】に関するよくある質問(FAQ)

    Q1:江川紹子と張本勲の確執は、何が原因だったのですか?
    A1:2010年5月23日の『サンデーモーニング』で、楽天の岩隈久志投手の途中降板をめぐり、張本氏が「喝!」と批評したのに対し、江川氏が「え~」と反応したことが発端です。その後の出演見合わせについて、江川氏は張本氏が共演を望まなかったと説明しましたが、張本氏本人は怒りを否定したと報じられており、説明には食い違いがありました。

    Q2:江川紹子はなぜ『サンデーモーニング』を降板したのですか?
    A2:江川氏は2010年6月、予定されていた出演を見合わせることになった経緯を公表しました。8月には、張本氏が出演している間は自分の復帰はないと正式に通告されたと説明しています。TBS側は当初、降板ではなく出演日の変更だと説明しましたが、結果的に江川氏は番組へ復帰しませんでした。

    Q3:張本勲は江川紹子に謝罪したのですか?
    A3:2010年の騒動について、張本氏が江川氏に謝罪したと確認できる公表情報は見当たりません。2021年8月には、女子ボクシングをめぐる別の発言について張本氏が謝罪し、江川氏がその対応を批判しましたが、これは2010年の騒動に対する謝罪ではありません。

    Q4:江川紹子と張本勲は、その後和解したのですか?
    A4:2人が和解したことを示す公表情報は確認できません。江川氏は2010年の騒動後に番組へ復帰せず、2021年には張本氏の別件の謝罪対応について意見を述べています。ただし、公に和解が確認できないことだけを理由に、私的な関係のすべてを断定することはできません。

    Q5:張本勲の現在は? 2026年も『サンデーモーニング』に出演していましたか?
    A5:張本氏は2021年12月にレギュラー出演を卒業した後も、不定期で同番組に出演していました。2026年8月2日の放送にも登場しましたが、同年9月9日に86歳で亡くなったことが日本プロ野球名球会から発表されています。

    まとめ:江川紹子と張本勲の騒動から見える番組の説明責任

    江川紹子氏と張本勲氏の確執は、2010年5月23日の『サンデーモーニング』で起きた、岩隈久志投手の途中降板をめぐる短いやり取りから始まった。その後、江川氏が出演見合わせの経緯を公表し、張本氏の共演拒否をめぐる説明とTBSの対応が注目を集めた。張本氏本人が怒りを否定したとの報道もあり、騒動の経緯には当事者間の認識の違いが残った。

    この問題を単純な個人間のけんかとして片付けると、番組が異なる意見をどのように扱うべきかという本質が見えにくくなる。意見の対立そのものよりも、その後の説明や出演者への対応が、番組の公平性や信頼性を左右するからだ。

    2026年9月に張本氏が亡くなったことで、2人が改めて公の場で騒動について語り合う機会はなくなった。一方、江川氏はジャーナリストとしての取材活動や大学での教育を続けている。現在の視点からこの騒動を振り返るなら、確認できる報道と当事者の説明を区別し、未公表の関係まで断定しないことが、出来事の実像を理解するための重要な判断基準となる。 (出典: 江川 紹子 張本勲(Yahoo!ニュース))

    林 健太郎 (Kentaro Hayashi)
    林 健太郎 (Kentaro Hayashi) エンタメコラムニスト

    情報を整理して届けることが得意なWebディレクター。ユーザー視点に立った記事作成を目指しています。